特定非営利活動法人どんぐりネットワーク

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ネットワークのあしあと

■どんぐり銀行が始まった頃の香川の里山の様子■

 どっちを向いてもどんぐり山だらけの今の香川の里山風景からは,とても想像できないかも知れませんが,今から25年くらい前は,ほぼ全域マツ林に覆われていました。それは,1960年代に燃料革命が起きるまでの数百年間,香川の里山の樹木は,薪や炭等の木質エネルギーの供給源,そして落葉落枝は農業用の堆肥材料供給源として,ずうっーと人間に収奪され続けてきたため,明治時代から戦前にかけて「はげ山」が拡大し,戦後も次の写真のように,もはや自然の力だけでは森林に回復不可能なエリアがあちこちにありました。そして,そうした「はげ山」の森林回復のために治山事業・砂防事業によって山腹緑化工事が続けられ,その主役に使われたのが,アカマツやクロマツ,そして肥料木としてのヤシャブシ・ヤマハンノキです。  そんな背景のもと,今から50年前には,香川県は年間降雨量が1000ミリ程度の瀬戸内式気候で高温寡雨(こうおんかう)であったため,乾燥に強いアカマツ林が天然に分布していたほか,成長の早さに期待してパルプ原料として植林されたクロマツ林が県内の森林植生の大半を占めていたのです。

 ところが,昭和40年代の後半から,松くい虫被害の拡大が始まり,県内でも盛んにヘリコプターを使い被害拡大防止のための農薬散布等防除措置がとられましたが,昭和60年頃には防除よりも蔓延の勢いが強くなり,下の写真のように「全山紅葉」と見間違うほどの勢いで,松枯れが進行したため,森林所有者の中には,「もうヤマに期待してもマツ材の収穫は不可能だ」という一種諦めの雰囲気が拡がっていました。

 こうした激害型の松枯れ跡地は,かつてのように「はげ山」になってしまうという恐怖感からか,森林を手放したり,宅地・ゴルフ場用地として売りに出したりという風潮が強まってきていました。(上の写真のように全滅したマツ林は,一時的には悲惨な状態になるのですが,所々に既に移っているようにアベマキ・クヌギ・コナラなどのドングリの木の実生が生育し始めており,10年後には広葉樹の自然林に遷移していきます。)

 そして,丁度バブル景気に踊らされて都会の資本が流入し,たくさんのゴルフ場開発計画が構想されたため,森林を木材生産・林業のフィールドとして管理するのではなく,開発用地として地価の値上がりを期待する投機対象として保有される傾向が強くなっていました。「香川県の山を買えば四度儲かる?」先ずは,松の木を二束三文で買いたたいて伐採業者にいい値段で売りつける,次に土砂採掘して「花崗土(マサ土)」を京阪神に売る,帰りの船で都会で処分できない残土・産廃を高く受け入れ,採土跡地に埋め立てる,そして最後に埋め立て地を「更地」として販売する。そんなケースが県内いたるところで乱開発状態になり,地域住民の生活にとっても看過できない事態になり,全国で初めて森林の乱開発を重点的に取り締まる「森林保全対策室」が香川県林務課内に設置されたのが平成4年4月1日でした。


  「はげ山復旧」とは,全く次元の異なる「森林荒廃」の危機に直面していた平成3年秋のウッディフェスティバルに出展していた香川県林務課 松下芳樹係長(当時)は,どんぐりを握りしめて帰った女の子の行動から,森林保全の普及啓発手段として「どんぐり銀行」のアイデアを構想します。  平成4年(1992年)10月3〜4日 ウッディーフェスティバル(高松市中央公園)で臨時支店を開設して,どんぐり銀行が始まります。 当初,運営主体は「香川県」ではなく,外郭団体である「香川県造林協会」の事業としてスタートしたのは,その原資が「緑と水の森林基金」の 助成金だったためです。しかし,それがかえって「自由な発想」を後押しし,銀行そっくりの通帳発行など,後の「大人気」の立役者になっていきます。

この頃のどんぐり銀行の経緯については,平成15年2月13日に開催されたどんぐり銀行10周年記念シンポジュウムの記録が詳しいです。

平成5年(1993年)12月

香川県のどんぐり銀行活動を応援するボランティアスタッフの募集が始められました。 その後,平成6年度末には,小学生3名,高校生6名,大学生4名を含む主婦からサラリーマン,教師など様々の職種の66名が「どんぐりスタッフ」として登録されました。

↑H.5.12.8付け産経新聞記事より
平成6年(1994年)11月3日

その後の「森の文化祭」の原型にもなる「野の幸の祭典」が塩江町ホタルの文化の里で開催されました。当初,どんぐりスタッフは森林イベントのお手伝いボランティアの性格が強かったのですが,どんぐり銀行がスタートして3度目の秋,この行事のメインイベントとして開かれた「どんぐりサミット」を契機に,森林ボランティア団体への脱皮の糸口をつかむことになりました。市民による里山管理を提唱していた九州芸術工科大学の重松敏則教授,神奈川/玉川きずなの森の中川重年氏,広島/人と樹の会の荒川純太郎氏,東京/森林クラブの外川隆氏よるパネルディスカッションは,市民による森林管理の未来について大きな刺激を与えました。



↑H.6.11.4付け四国新聞記事より

平成6年(1994年)12月10〜11日

平成6年夏の異常渇水を契機に香川用水水源地域の森林に対する県民の関心の高まりを受け,香川県から多くのどんぐり銀行関係者が大川村を訪問し,香川県どんぐりスタッフ代表 香川洋二氏と高知県大川村森林と水の里づくり代表岩崎正一の間で「交流の森」づくりの協定書を交わし,どんぐり銀行早明浦交流プロジェクトがスタートしました。

平成7年3月 

水源の森づくりin小豆島がスタート。

平成7年(1995年)4月4日

どんぐりスタッフの会組織として任意団体「どんぐりボランティアネットワーク」が組織され,当時栗林公園動物園副園長だった香川洋二氏を代表とした。 しかし,このころ「どんぐりスタッフ」や「どんぐりボランティアネットワーク」会員に明確な区分があったわけではない。しかし,「森林ボランティア活動」に燃えていた。大川村にマイカーで何度も地拵えに通い,平成7年5月13〜14日にはバス3台で155人が参加して1700本の植林を実施した。

平成7年(1995年)6月

公渕森林公園西植田地区をフィールドとして「森林ミュージアム推進モデル地区整備事業」がスタートする。どんぐりボランティアネットワークの中村弘・野口恒良を中心に「ドングリランド・ネイチャーマップづくり」を行う。

平成7年(1995年)10月29日

第1回の森の文化祭が琴南町健康ふれあいの里で開催される。参加料はどんぐり通貨,準備も実施も全て県民参加のボランティア実施にこだわり,ドングリ銀行神戸や大川村ミニ謝肉祭との県外交流など,その後の森の文化祭の基本形ができる。


平成8年 (1996年) 3月17日

公渕森林公園西植田地区で「ドングリランドの森づくり」が始まる。

平成8年(1996年)8月11日

五色台国民休暇村で「一本の木が膿む国際交流」を開催。ヒノキ間伐材でアルプホルンを作る講習会を玉川きずなの森の中川重年さん達と開催すると共に,その日の夜は,韓国ヨーデルクラブ,玉川アルプホルンクラブとの交流会を開催した。


平成8年(1996年)12月8日

コープかがわの環境保全基金からの寄付金を活用して「三木ランド」の里山整備活動がスタートした。

平成9年3月23日

五色台国民休暇村にクヌギの苗100本を植栽して,「五色台の森づくり」が始まる。

平成9年(1997年)6月8日

ドングリランドでどんぐり学校「バンブーハウスをつくろう!」が開催される。どんぐりボランティアネットワークによって作られた「ドングリランドの森づくりプラン」によって盛んに森づくり行事が開かれた。



平成9年(1997年)10月25・26日

五色台国民休暇村で開催した第3回森の文化祭は,第5回全国雑木林会議の一部として開催された。全国の市民による森林管理の情報交換が行われ,香川においてもどんぐり銀行を中心とした森林ボランティア活動の輪がいっそうの広がりを見せ始めた。



平成10年(1998年)7月5日

特定非営利活動促進法の制定により,法人化を目指すこととなり,「どんぐりボランティアネットワーク」を発展的に解散し,会の名称を「どんぐりネットワーク」に変更し,会長に香川大学元学長の木村 等氏を選任する。



平成11年3月28日

「どんぐりネットワーク」をNPO法人化するために改組する。?

平成11年(1999年)8月19日

特定非営利活動促進法により香川県知事の認証を受け,8月24付けで「特定非営利活動法人どんぐりネットワーク」(会長理事 木村等)が発足する。


↑H.11.9.2付け四国新聞記事より
平成13年(2001年)4月29日

「みどりの日」自然環境功労者環境大臣表彰を受ける。

平成13年(2001年)9月19日/th>

第一回かがわボランティア大賞を受賞する。

平成14年(2002年)3月

ドングリランドビジターセンターの建設やフォレスターズスクールの開校など,県民参加の森林づくり運動の新たな展開をめざして「ドングリランドの森づくりプラン」が改訂されました。

平成14年(2002年)9月11日

ドングリランドビジターセンターの管理運営を県の公共施設としては初めてNPO法人どんぐりネットワークが受託しました。

平成14年(2002年)9月28日

平成13年度から県林務課により整備されていたドングリランドビジターセンター(DVC)が平成14年度夏に完成し,県の公共施設の管理としては全国ではじめてNPO法人どんぐりネットワークが管理受託することとなり,9月28日には県知事ほか多数の関係者が出席して竣工式が開催されました。



平成14年(2002年)10月

県庁ロビーで「どんぐり銀行10周年記念パネル」展が開かれ,福西さんのどんぐりクラフトが大人気。ドングリランドでは,オープンしたビジターセンターを使った行事が次々と開催されました。

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